御由緒

History

信濃国諏訪(しなののくにすわ)の城主である諏訪頼重と武田信玄の妹、禰々(ねね)との間に産まれた諏訪頼貞(すわよりさだ)。頼貞は修験者となったのち、玉林房と称し永禄元年春三月、諏訪明神を擁して七人の家来と共に、玉の湯・宮渡を経て、本村に諏訪神社を建立、御神体を奉斎しました。その後、本村は相馬藩の領地となり、当社は相馬藩のご加護を受けております。相馬藩崇敬の神社にして社領五斗五升、社寶として歌一詩(※)をいただいております。また、標葉郷最南地でもあり「相馬野馬追」の騎馬出陣地ともされています。

※社寶として歌一詩
陸奥の野上の山を来て見れば 黄金の湯花さくやみつもり。
詠人(よみて) 源五郎(何者かは不明)
※当神社よりお返しの詩
玉林し黄金の枝葉穂に出て 行末ながく湧きいつるかな。
詠人(よみて) 玉林房

例祭日

Annual festival
7月27日

主祭神

Enshrined deity

建御名方神

タケミナカタノカミ

大国主神(オオクニヌシノカミ)の御子神。『古事記』の「國譲り」という神話に登場する神様です。鎮座地が諏訪であることから、諏訪湖の水神や豊かな自然を司る、狩猟神として多くの人々に親しまれてきました。また、建御名方神は、「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」で「関東より東の軍神、鹿島、香取、諏訪の宮」と記載されていることや、諏訪氏の氏神として篤く信仰されていることから、軍神としても広まりました。室町・戦国時代には足利氏や北条氏、徳川氏といった多くの大名からも信仰された神様です。