「追儺」の行事から風習に変わったとされている。

この変化に追儺の意味も変わらず、風習へとどれだけ時間が経ったのだろう。

先日、町内道路の話を聞いた。今では当たり前のようにアスファルトが敷かれるが、

一本の道路ができるまで数年かけられた。恐らく少ない財政から精査し資料も無かったと思う。

いつしか車道と歩道に分けられるまでになった。住まいする辺りは、近所付き合いの私道もある。

こうして積み重ねた道が町人の行来の姿であり、街並みを作って行った源なのだと感じた。